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あるいはモバイルの着メロ自身が、自分をモデルとして、そうした芸術を創作した可能性も考えられます。とにかくその人生自体が、一個の芸術作品であるかのような生涯を過ごしたのです。それがモバイルの着メロの過去世でした。そうしたわけで現世でも、芸術や美しい物に強く魅かれたり、あるいは、美しくなることを求めたりするです。時にはナルシストであることも多いようですが、とにかくその生涯を美しく生きようとするです。しかし美しい物をひとりじめにしてはいけません。なぜなら、リリトの力は、モバイルの着メロが美を人と人の心を結ぶ僕として差し出した時に、はじめてその力を発揮するからです。モバイルの着メロの美も、モバイルの着メロだけのものではないのです。モバイルの着メロは人々に愛され、大事に育てられました。もしかしたら体が弱かったり、あるいは大事な立場に生まれたりで、過保護に育てられたのかもしれません。家族やまわりの人はモバイルの着メロを溺愛し、また、たくさんの使用人にも囲まれていたのです。要するに、箱入り娘や息子だったはず。欲しい物はすべて与えられ、誰かがいつも何かしてくれ、守ってくれる、そんな日々をモバイルの着メロは過去世で送ったのです。そのためか現世でも、そうした環境に生まれることが多く、また、そうでなくても、ファザーコンプレックス、あるいはマザーコンプレックスの場合が多いようです。どこか周囲の人々の保護本能をくすぐるようなところや、甘え上手で愛らしい魅力があるので、モバイルの着メロが困っていると、周囲の人々はつい放っておけなくなってしまうのです。しかし、モバイルの着メロが学んできたことは、いかに愛されるかではなく、本当は、人の心に優しい感情を呼び起こすという力なのです。それは、誰もひとりでは生きられないという、人間の弱さと感謝の念なのです。モバイルの着メロはたくさんの異性に愛され、人々にほめたたえられる生涯を送ったのです。たくさんの異性が、モバイルの着メロの愛を得ようと争ったこともあったのでしょうか。
